ブルース・リー関係者の最近のブログ記事

店長 今井です。

先月のメルマガでもご紹介しましたが、最近、NETFLIXで映画やドラマを観ています。NETFLIXは検索するとブルース・リー映画はもちろん、ショウブラザーズやジャッキー・チェン、イップマンシリーズなどマニアが好きそうな映画もけっこう配信されています。その中で先日観て感動したのがコレ!

『出村文男 - ハリウッドの武道家』(原題 The Real Miyagi) 2015年制作

出村文男氏は1938年、横浜生まれ。戦前戦後の日本で苦労し、1960年に全日本空手道選手権大会で優勝。1965年に渡米して苦労の末、糸東流空手を全米に広めた空手家。

出村さんって誰?という方でもブルース・リーファンならこの写真は一度くらいは見たことがあるでしょう。

この写真、リーさんとスティーヴ・マックィーンの間柄を示すものとして有名ですが、ここにもうひとり、リーさんがいかにも親しそうに肩に手をまわしている東洋人がいます。そう、この精悍な日本青年こそ若き日の出村文男氏。同じ格闘家としてちゃんとリーさんとも交流があった方なのですねー。

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さて、原題のミヤギは、映画『ベスト・キッド』で主人公に空手を教える師匠ミヤギのこと。

当初、出村氏はミヤギ役をオファーされたが英語のセリフが困難なため、ミヤギのスタントマンに。しかし、ミヤギ役を演じたパット・モリタは出村氏の空手の指導者ぶりを大いに演技に取り入れて好演。撮影終了後も二人の交友はモリタ氏が死ぬまで続いた。

出村氏の空手に賭けた情熱、弟子たちからの信頼、渡米後の苦労、近年の病魔克服、時代へと空手を伝える情熱と哲学。感動せずにはいられぬエピソード満載です。

我々ブルース・リーファンが注目すべきはもちろんリーさんとの関係。

劇中で出村氏が語ってくれます。

ブルース・リー出村氏の道場へ来たこと、全米空手トーナメントでの出村氏のヌンチャク演武を見たリーさんが出村氏にヌンチャクについて教えを請うたこと、ブラックベルト誌の事務所にお互い頻繁に顔を出していたこと、そして『グリーン・ホーネット』で有名になったリーさんを見習い、出村氏もハリウッド映画に関わっていったことなど。

ブルース・リーファン必見の内容ですよ。

機会がありましたらぜひご覧ください。

The Real Miyagi 予告編
https://www.youtube.com/watch?v=mppluZO5zDA

予告編冒頭に登場する男性はハリウッドのスタントマン、パット・ジョンソン氏(『燃えよドラゴン』でジョン・サクソンと渡り合うギャング役の人)です。

戦時中に日系人として差別され、収容所に入れられたことなどはリーさんの盟友ターキー木村氏とダブリますね。


ちなみに出村文男氏は、先月亡くなられたドラゴン先生こと石川利之さんが勤めていた学校のご出身なのでした。それを思うと出村先生にはいつまでもご健在であれることを願わずにはいられません。


ドラゴンなお店 今井商店
http://www.brucelee.shop

ウィリアム・ドジャー

店長 今井です。

ウィリアム・ドジャーといえば「グリーン・ホーネット」のプロデューサーでブルース・リーをハリウッドに紹介した人物ということになっていますが、どんな人だったのでしょう。

お顔はこんな感じの人でした。

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右端の背広の方がドジャーさん。ちなみに真ん中はバットマン、左はロビン君です。

ウィリアム・ドジャー William Dozier さんは1908年2月13日生まれ。お亡くなりになったのが1991年4月23日だったそうです。

ということは「グリーン・ホーネット」が製作放送された1966年当時は58歳だったのですね。この前年の1965年2月1日、20世紀FOXで行われたスクリーンテストの映像の中にもドジャーさんが写っているという情報が・・・。

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この場面のリーさんの相手役のおじさんがドジャーさんかと思ったら、どうやら違うみたいですね。リーさんの動きをもっとカメラに向けるためにおじさんの体の向きを変えている黒髪の人。画像の右端の人物がドジャーさんではないでしょうか。みなさんはどう思われますか?

そしてもうひとつの謎。ハリウッドとブルース・リーをつなげたのは本当にウィリアム・ドジャーが最初だったのか?その答えはここにあります。

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ブルース・リーの長男、ブランドン・リーの遺作映画「クロウ 飛翔伝説」は当初アメリカでは1994年5月13日公開予定でしたが、13日は金曜日だったため縁起が悪いということで遺族より公開繰上げが希望されたため、5月11日公開となったそうです。

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本日は5月13日だったのでちょっと思い出して書いてみました。

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上げが希望された

ブルース・リーファンの憧れ、永遠の心の恋人といえば「ドラゴン危機一発」にも出演しているマリア・イー、ノラ・ミャオですが、この作品で忘れてはならないもうひとりのヒロインといえば、そうこの方です。

ブルース・リー生涯唯一のベッドシーンで相手役を演じたタイの女優、マラリンさん。

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マラリンさんの名前の表記はいろいろありまして、Magdalena、Miss Malarin、Ma La Leneなどなど。「ドラゴン危機一発」のタイトルバックではMalaleneとなっていましたね。最新の芸名はMarilyn Bautistaだそうです。でも本名はMalarin Boonnakなのは変わっていません。

そして2009年1月に撮影された彼女の写真がこちらでご覧いただけます。

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まだまだ若々しくお美しいですね。「ドラゴンへの道」のマリサ・ロンゴ、「燃えよドラゴン」のアーナ・カプリとともにドラゴン映画永遠のお色気担当としてこれからもがんばっていただきたいですね。

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追悼ブランドン・リー

本日3月31日はブルース・リーの長男、ブランドン・リーの命日です。

ブランドンは映画「クロウ 飛翔伝説」撮影中に銃の実弾を受けて死亡。翌日、実弾が遺体から発見されています。

ブランドン・リー

本名はブランドン・ブルース・リー(Brandon Bruce Lee)。1965年2月1日生まれ(私と同じ誕生日)。中国名は李 國豪(り ごっこう)。
カリフォルニア州オークランド出身。ブルース・リーの長男として生まれる。幼少の頃から父にマーシャル・アーツの指南を受けて育つ。8歳まで香港にて過ごし、父の死後ロサンゼルスへ移住。エマーソン大学在学中に演技への興味を覚え、俳優を志す。
1985年、TV映画「ブランドン・リーのカンフー・ファイター」でデビュー。この作品では父親と因縁のあるデヴィッド・キャラダインと共演。
1987年、香港映画「ファイアー・ドラゴン」初主演でハリウッドでデビュー。
1993年、映画「クロウ 飛翔伝説」撮影中、銃撃されるシーンで使用する拳銃には弾頭が抜かれた撮影用空砲(火薬とプライマーのみ)が入っているはずが、なぜか弾頭が銃身の中に仕込まれていたため、空砲の火薬が爆発した際に銃身内の弾頭が発射されてしまい、それが腹部に当たり事故死した。享年28歳。
その後、映画「クロウ」はほとんどの撮影が済んでいたため、残りの部分は未使用映像やCGを使い完成、公開された。

合掌

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